2022/07/10

INTERVIEW

【湘南PEOPLE】「自分でゼロからイチをつくりたい」と畑スタート。発酵人・田上彩さんインタビュー

今回インタビューしたのは、湘南・藤沢に住む発酵人・田上彩さん。
アパレルで働き、モデルとしても活動していた彼女が、農的暮らしを選んだ理由とは?



――田上さんは「発酵人」として活動していたり、湘南の畑で野菜作りをされていますが、もともとはモデルとして活動されていたんですよね?
「はい。18歳の時からモデルのお仕事をしていて、21歳でミスユニバースのファイナリストになり、その後はモデル活動をしながら六本木にあるアパレルショップで働いていました。そこはハイファッションを扱うセレクトショップで、今やっている畑仕事の世界とは真逆で華やかな世界で。自分自身も、都内で遊ぶパーティガールでした(笑)。」

――そんな田上さんが畑をスタートしたきっかけは?
「アパレル業界で働いていたとき、大量生産をする消費社会に少なからず違和感がありました。湘南・藤沢で生まれ育ったので、海が近くにある自然に寄り添った暮らしをしていたという原点があったからかもしれません。そんな華やかな世界に身を置く中で友人に誘われて、栃木にある農家さんに援農に行く機会が何回かあって、そこの農家さんが、30年も前からオーガニックの野菜を作られていたんです。農家さんは、『僕は一生畑をやって、みんなに健康的な野菜を届けて、畑で死んでいきたい』と私に話してくれました。70代の農家さんがこんなにも情熱を燃やして生きていることにとても感銘を受けました。当時、私は20代半ば。エネルギーがあり余っている年齢なのに、今の私にはそこまで情熱を燃やせるものがないなと、思ったんです。

『私は一体何がしたいんだろう?』と悶々と迷っていました。そして2011年に起こった東日本大震災を経験し、消費するだけの生き方は脆いと感じたんです。消費するだけの立場だと、レタス1個が5,000円で売られていたとしても、それが欲しければその価格で買わなければならないですよね。それってすごく怖いことだな、と。
その経験もあり、自分でゼロからイチをつくりだす畑をやってみたい、と思うようになりました。とはいえそれまで都内で働いていて、畑の知識なんてゼロだし、とりあえず『湘南 農業』って検索して。(今でこそ貸し農園とかありますけど、そのときはまだなかったので)休みの日になるといろんな畑に行って、『手伝わせてください!』と直談判をしながら畑行脚していました。」

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藤沢の畑にて

――すごい行動力ですね!
「昔から考える前に動いちゃうタイプなんです。とにかく行動あるのみと思って、畑を探してました。そんなときに出会ったのが、湘南の創作発酵料理とほうとうの店、『へっころ谷』。とにかくおいしいし、オーナーさんは畑もやっていて、客としてしばらく通い詰めて、『畑をやってみたい』と言い続けていたんです。一年ほどたったときに、オーナーさんのご紹介でついに畑を借りれることになり、藤沢で畑をやり始めました。その後お店でも働かせてもらって、畑のこと、発酵のこと、たくさんの知識を教えてもらったのでとても感謝しています。」

――畑をやり始めて、アパレルのお仕事は辞めたんですか?
「いえ、すぐには辞めませんでした。いきなり辞めるのは不安だったし、生活していくために続けていた感じです。東京で出会ったモデルや芸能人の女性たちは、睡眠薬やピルなど薬を飲んでいる子が多かったので、その子たちに食の大切さを伝えたい!と畑をやり初めてから思うようになって、味噌作りなどの発酵ワークショップから始めてみました。友達が友達を呼んで、徐々に広がりいろんな場所でワークショップをさせてもらえるようなりました。そのタイミングでアパレルも辞めました。」

――田上さん自身は、食に関しての意識はどうだったんですか?
「実は、子どもの頃から重度のアトピーだったんです。母が自然食での治療を選んでくれて、ほとんど薬は飲ませないでいてくれました。母から梅干しの作り方や自然療法のやり方などを教えてもらっていたんです。おかげでアトピーも改善されたし、自然食に目が向くきっかけになりました。」

――ワークショップをしてみて、まわりの反応は?
「今でこそ、『腸活』とか『発酵』ってワードはよく耳にしますけど、やり始めた2014年ころは『発酵?何それ?』という感じでした(笑)。でも実際に参加してもらって、発酵について理解を深めてもらうと、その素晴らしさに感動してもらっています。消費しないと手に入らないと思っていたものが自分で作れるとわかると、いろんなものを作りたくなるんですよね。参加していただいた方からも、自分が作った発酵食をいただくことによって生理痛や肌荒れが改善された、という声もたくさんいただきました。そういった変化があるととてもうれしいです。」

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自分の手でつくるお味噌は格別!

――腸の大切さは、ここ数年ですごく謳われるようになりましたよね。
「そうですね。子どものアレルギーも増えていますし、私と同世代=お母さんになる世代に食の大切さを伝えることって、すごく大事だと思っています。それに、女性に伝えればその方のそばにいるメンズの体も変わりますから(笑)。まずは、まわりの女性たちに伝えることを中心に考えてきました。」

――畑を始めて、一番大変だったことは?
「農薬を使用しない自然農なので、実は畑作業の90%は草刈りなんですよ。それがかなりの肉体労働なので、一人で全ての作業をするのは本当に大変で。特に夏は放っておくと雑草がぐんぐん伸びちゃうんです。最初は仲間たちと一緒にやってました。

経験がないので知識もないし、調べてもわからないことは周りの農家さんにお手伝いしながら教えてもらい。トライ&エラーでいろいろ試して。試行錯誤しながら、ここ数年でようやく良い野菜がちゃんと育つ土壌が整ってきました。」

――今でこそ畑を始める若い方が増えましたが、当時は情報もなく大変そうです。
「そうですね。大変ですけど、すごく楽しいんです。現代社会での仕事は、目標に向かって突き進んでいく感じですけど、自然は種をまいて、観察しながら待って、それでも自然の条件で台風があったり、雨が続いたりとうまくいかなかったりもする。コントロールが効かない世界だからこその面白さがあるんです。『委ねて待つ』ということが、自然と共に生きるということなんだな、と実感しました。」

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畑で育ったミニトマト

――現代社会で働いていると、どうしても自分のペースに合わせようとしてしまいがちかもしれないですね。
「私はコントロール欲求が強いほうだったので(笑)。人生の学びになりました。それにその経験は、人間関係においても同じだと気づきました。畑をやるまでは、まわりの人に過剰に期待をしてしまっていた気がします。その期待通りにならなかったとき、ついイラッとしてしまったり、悲しんでしまったり、ストレスを感じていました。でも相手の気持ちや状態を100%理解するなんて、無理なんですよね。わからないからこそ、相手の気持ちに寄り添いながら、植物のように観察しようとするようになりました。」

――現在は、畑をやる若い人も増えてきましたね。
「そうですね。コロナ禍で予定していたワークショップやマーケットがすべて飛んじゃって、しばらく途方に暮れていたんですが、友達がちょくちょく畑に遊びにきてくれていたんです。そのときの友達たちが畑に癒されている姿を見て、みんな土に触れるということを求めているんだなと感じて。実際に、土ってすごく浄化力があって、私自身、畑をやり始めてから身体の感覚が鋭くなったと感じています。
畑に来てくれた子の一人が、『彩さんの畑の知識をもっと教えるスクールをつくってほしい』と言ってくれて。最初は、『私なんかまだまだ知識も足りないし、スクールをやるなんておこがましい!』と思ったんです。

でも、この8年間学んできた発酵のことや、農のことを私なりにシェアしていきたいと思って、『SEED to Table』という、自然と寄り添う暮らしの学校をつくりました。ここでは私が学んできた事に加え、身体の事や環境の事、多種多様のプロフェッショナルな講師をお招きしながらオンラインでのレッスン、収穫したお野菜でのお料理会、畑での実践などを通して、自然な暮らしを学んでいく場にしたいと思っています。」

――この先、田上さんが目指していることはありますか?
「スクールをやってみて、いろんな目標を持ち試行錯誤している女の子たちと出会いました。その子たちがもっと輝ける場を提供していきたいし、彼女たちがアウトプットできる場として、マーケットを開催していきたい。

そして、次の世代によりいい未来を残していきたい。決して綺麗事だけじゃなく、私たちが何かアクションしていくことはとても大切だと思っています。これからも地球ではいろんなことが起こるだろうし、それまでに準備をしたり、知恵を得ることはとても大事。より良い環境を残していけるように、自分ができることをしていきたいと思っています。」

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先日横浜で行われたマーケット

湘南の青い海のように、キラキラの笑顔が印象的な田上さん。明るい太陽のようなパワフルさは、やはり湘南で生まれ育ったからこそのエネルギーを感じる。
そして、一度は湘南を出て東京に住んだからこそ、湘南の魅力を改めて感じているという。


「東京は東京でその良さがあるけれど、『今日は夕日が綺麗だな』と思ったら海まですぐに行ける、という湘南の環境はやっぱり魅力的。それでいて都心も近いので、ちょうどいいんです。」

――一日のルーティンはどんな感じなんですか?
「午前中は畑に行って、午後はオンラインレッスンのテキスト作りや打ち合わせをして、夕方から夕食を作り始めます。波がよければサーフィンに行くことも。一日のなかで自然にいる時間と仕事する時間を分けるようにしています。」

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子どもの頃から海が大好き

――今後も湘南で活動する予定ですか?
「う〜ん、そこが悩みどころで。月に一度、山梨に住む友達の家に遊びに行っているんですが、その子は薪で暖をとったり、あまり電力に頼らない暮らしをしているんです。そんな生活もいいなってぼんやり思い始めていて、もっと田舎の方に住もうかな、という気持ちも湧いてきています。とはいえ、まだまだ湘南でやるべきことがたくさんある気もしています。都心に近い湘南だからこそ発信できることもあるし、その役目が私にはあるんじゃないかって。いずれは拠点を移すかもしれないけれど、今は湘南でやるべきことを、まっとうしたいと思っています。だから、しばらくはいるんじゃないかな!これもタイミングなので、自然に身を任せたいと思います。」


自然が相手である畑仕事は、根気が必要だ。そして、何より人とのコミュニケーションも大切。教えてくれる人、手伝ってくれる人、想いを共有する人……。
たくさんの人が田上さんのもとに集まってくるのは、エネルギーたっぷりの彼女ならではの魅力。
田上さんが言うように、これからも何が起こるかわからない。
私たち一人ひとりが考えて行動することが、これからの時代に大切かもしれない。

Text by Sonomi Takeo

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